G4 (迦) 【過去から、未来へ】日常編 (迦) 【過去から、未来へ】 たった今、私は聞き慣れない言葉を八女さんの口から聞かされた。 その中に私が好意を寄せている人の名前が入っていたから、私はつい、おうむ返し。 「『青柳会』? なんですか、それ」 「その名が示す通り、青柳に恋した女たちによって発足された会よ」 聞き捨てならなかった。だとしたら私も入会しなければならないではないか。 入会金、年会費、入会特典はなんだろう。そんな事に思いを巡らせながら、先を促していた。 「入会するにはどうすればいいんですか?」 真剣に尋ねた私を見て、八女さんは呆気にとられていた顔を、ものの5秒と経たないうちに崩し、小さく噴き出した。 「いやぁね、昔の話だってば。そんな会、今はもうないわよ」 「いったい何を目的として設立されたんです?」 困惑気味に尋ねると、八女さんは、ついと顔を窓の外へと向けた。 ここは3階だし、窓際というわけでもない。少し離れている。広がる景色は澄んだ青空、ただそれだけだ。 「発足人は元カノ。周りは全員フレネミー。青柳に恋した女4人による、小さな会だった」 どきりと心臓が跳ねた。何かの協定……だったのだろうか。 「以前、話したことがあったわよね。昔、青柳が好きだったって」 記憶を手繰りよせるまでもない。そんな情報はすぐに引き出せた。だって、あの告白はあまりにも意味深だったから。 今でこそ八女さんには杣庄クンという恋人がいるけれど、魅力的な八女さんだから、どうしてもそわそわしてしまうのだ。 「入社してまもなく配置された岡崎店でね、私たちは出会ったの。香椎、黛、馬渕、伊神、青柳、そして私。 青柳はモテたわ。例えばそうね、今でも覚えてるエピソードは……。事務所で作業をしていた時のことよ。 たまたま私が電話を取ったのだけど、お客様からでね、おもちゃ売り場宛ての問い合わせだったの。 私はその売り場に内線を繋げた。でも、社員は休みで、従業員はレジ対応中なのか、ちっとも捕まえられなかった。 私もパニックでね。外部からの電話を取ったのなんてまだ数回だったし、早くしなきゃという焦りで、ただおろおろしてた。 そんな時、休日出勤してた青柳が『俺に回せ』と言ってくれて、ことなきを得たの。とても頼もしかったわ。 電話を切った青柳に御礼を言おうと思ったけど、彼、店長に叱られてる最中だったの。だから言いそびれてしまって」 「え? 青柳チーフ、叱られてたんですか?」 「休日出勤が店長にバレて、事務所で叱られてたところだったのよ。 でも、そのお陰で私は救われた。周りにいた女性陣も目がハートよ。頼りになる人大好き! ってね。それが香椎たち」 「うわ、友達全員がライバルですか?」 「そうよ。しかも、友達の皮をかぶった、友を装う敵、つまりフレネミーになったってわけ」 女傑四人衆がフレネミー? 頭がくらっとした。あんなクセのある女性たちが腹に一物抱えていた状態でいるなんて、考えるだに恐ろしい! 「しかも肉食系女子ばかりだから、みんな押しが強くて。 結果的に誰も青柳を射止められず、それどころか彼にトラウマを植え付けてしまったのよね。 『アンチ社内恋愛主義』にまで発展してしまうとは思わなかったわよ」 「えぇ!? ひょっとして青柳チーフが頑なに社内恋愛を拒否していたのは、つまり」 「私たちの所為ね、恐らくは」 なんて人騒がせな人たち……。 あ、でも。 女傑四人衆がいてくれたからこそ、青柳チーフは社内で恋人を作らなかった。私に機会が回ってきたのは、そのお陰なのかも……。 「そうね、志貴には感謝して貰わないと」 どうやら八女さんに、たるんだ頬を見られてしまったようだ。 えへへ、とはにかんだ私を見て、八女さんはふっと柔らかい笑みを浮かべた。そして、ティーカップに注がれた紅茶を飲み干す。 「行きましょうか」 「はい」 午後2時。休憩時間終了。 席を立つと、私は大きく背を伸ばした。 「午後も頑張るぞ~」 活を入れるために。 2013.10.03 2020.02.13 改稿 |